呪いの言葉(離婚の原因)

私は、知らない間に 元夫や姑に 呪いをかけていました。

どうせ やってくれないだろうと できない人間と決めつけていたのです

フリーマーケットをやっていました

同じ仕事場でしたから 元夫の方が長い時間 働いたとしても

もっと 前向きに 手伝ってくれないかなあと 思っていました。

前日から 積み込みしたり 朝早く出かけてる妻に比べて

午後になってから 顔を出し 店先でも「いらっしゃい」も言わず

他の店を見て回ったり 他の人と世間話をしているだけで

参加したと 協力していると 考えている 元夫

何のために どういう意図で フリーマーケットをしているのか

全く 理由がないのです

自分の都合が一番なのは 当たり前かもしれませんが

今より よくなりたいから そこに希望があるから

あれこれ やるわけです

宗教でも そうです

しあわせになれるとはじめて そうなっているから

続けている訳です

なのに 何もしようとしない 受動的なのは

どうなんだろう?って 私は不満です

できない 夫 やらない夫

自分中心な 夫 人の意見には まず反対する 夫

そういう 凝り固まった考えが私の中に 常に存在しています

家族だから 理解してほしいし 協力を求めます

夫婦だから 同じ方向を 同じ熱量で 向かいたいと望みます

でも それは ずっと叶わなかった

夫の言う通りにしていると

いつも いらいら 無満足な自分が 存在して

もっと こうなりたい

もっとこうやりたい

でも 了解がいる 理解がいる うっとうしい・・・

何をしていても 何があっても

家族の存在が 自分を左右している

出来ない理由を 元夫や反対する 嫌いな姑のせいにする

この人たちのせいで 私は思い通りに 生きていけない

この人たちがいるから 私の人生は 好転しない

そう考えていたことに 気づきました

事あるごとに 頭をよぎるのです

2人のことが 常に・・・

離婚して 離れてみて やっとわかりました

もう 誰のことも できない理由にしなくていい

もう誰かがやらないせいで 私がやらされてると 考えなくてもいい

誰かに 私がやっていると 見せつけなくてもいい

がんばった私に 誰かが悔しい思いを させなくてもいい

見返さなくていい 悔しがらせなくていい

何事も 自分で決めて 自分でやる

何のため? 自分の為?

いいえ 

人のために。

 

こんなことは 当たり前のことかもしれませんが、それに気が付いた私は

本当に申し訳ないなあと思っています

何かしようとします、ひとりでやるより みんなでした方が

たくさんの結果がでるし、楽しいと思って 誘う訳です

もちろん 好きで結婚した相手ですから

同じ土俵に立って欲しいし、同じ方向を見ていて欲しい訳です

だから 「いっしょにやらない?」と パートナーに聞きます

その返事が

「なんで?俺もやるの?」

「今忙しいから」

「仕事で目いっぱいなんだ」

「疲れてるから」

そう言う事が 続きます

姑に関しては

「なにやってるかわからない」

「そんなことして いいなんて 全く信じられない」

『勝手にやって 相談もない」

挙句の果て

「俺は 聞いてないよ」

「お前がやる必要あるの」

「他の人はやらないの?」

今までの人生や生活が 満足いくものなら それでいいですよ

でも・・・

もっと こうなりたいとか

これ やってみたいとか

向上心っていうんですか

生きてるんだから 

成長したい 昨日の自分とは 違う可能性が欲しい訳です

だから 未来や希望や やりがいに 固執するわけで

やっと見つけた光明のサインを

やりたくない 理解できないで

放棄できない 私の気持ちは

どっかに 放り出されてしまう訳です。

今のままで ありのままでいいなら

このままです

このままで いいのなら

何も あれやってみたいとか これやりたいとか

言わないですよ

でも やりたいっていう気持ちが 起きてるってことは

やらないで 後悔したくないです

とりあえず 説明だけして 協力は仰がない事にしてきました

言わずにやると 「聞いてないよ」と反論しますので

こういった事が 結婚してからずっと 続いてきました

神向(しんこう)していますので

世の中には 自分と同じ考えの人はいないと知ってますから

どんな人も 自分の周りにいる方々は

自分が生きていくのに 必要な方たちだと 悟って

感謝して 色々な意見の一つとして 聞きます

でも できない人 やらない人と決めつけるのは

呪いです

言葉や想いは 何の害もないと思いがちです

言葉では 傷はつかないとも言います

でも こういった気持ちが 家族を ダメにしているかもしれません

今回 そういったことに 気づきました

もう 私は 元夫や姑を 決めつけない

考えない 自由を 持ったのです。

なので やっと自分の人生や 選択に

自分の責任と 活力を持って

生きて行かねばなあ と 思いました。

知らない間に 呪い かけてないですか?

投稿者: nukotako

群馬在住。お絵描きと刀ミュ好き。猫1匹同居。孫二人。

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