絵を描くこと

小さいころ上手だねと母に褒められたことが、うれしかった。

その記憶がずっと 今まで絵を描くことの楽しさの根本なのかと思います。

承認要求が満たされた瞬間です。

たぶん4~5才くらいだから、生まれて初めてかもしれません。

毎日 絵ばかり描いていれば、そりゃあ同じくらいの子供よりはうまいでしょう。

でも 色々言われたり、否定されたりすることが増えていくと

自分が生きている意味とか、存在している意義とか

恐れ多い所まで思考は拡大して、結局乏しい成功体験が

このような執着へと変わり、より自分らしさに固執するあまり

もっとうまくなりたい、褒められたいと

やれば上達する方法にどん欲になり、挙句の果てには

これで食べていけるんじゃあないの?的な 天狗に変貌します。

そこで家族の一撃「それくらいかける人、山ほどいるから」

第二撃「イラストレーターになれる人は、ほんの一握りの人だよ」

第三撃「あなたには、こんな風に見えるんだ。現実を見てちゃんと描きなよ」

家族は暖かいですが、辛辣です。

私の自信や大きく描いた未来の展望は、木っ端みじんです。

でも いいんです。

そんなことで あきらめきれるくらいなら、そこで終わりです。

もともと 絵で生活していけるほどの実力はないのです。

しかし、プロになろうとか、もっと売りたいとか考えなくなっても

何かあったら、絵を描くんです。

もし心のどこかに しまいきれない程の

苦しい気持ちや悔しい思い、どうしてますか?

歌ったり、飲んだり、友人と話したりってこともあるかもしれません。

おどったり、旅行行ったり、泣いたり、DVDとかも観たり。

私は書きます。描きます。

自分の中、表現できないもやもややイライラを

書いて、描いて、書いて、描きます。

文字を書くと、その気持ちがはっきりなんだか表明します。

それを全く違う作品を描くことで、乗り越えます。

実際は他のことをして、忘れているだけかもしれません。

今は、ある方から言われて、似顔絵を描いて、

おこずかい程度のお金がもらえるようになりました。

描いて渡せば、喜んでもらったりの反応が楽しいです。

絵は、時に武器であり、癒しであり、絆であり、

私の内側にある汚い物を、浄化してくれる手段です。

楽しいと思える気持ちと、上手くかけないという劣等感で

葛藤しながら、頼まれれば「これくらいで勘弁してください」

そんな申し訳ない気持ちもこみこみで、頼まれれば 嬉しくて

私という存在が、この先の未来にも

「絵」と言う形で残っていく可能性を 持っていると思います。

60才超えてから アンパンマンが大人気になった やなせたかしさん

亡くなるまでサザエさんを描き、国民みんなが知っている 長谷川町子さん

言わずと知れた 手塚治虫さん

人種を描き分けるという凄腕の 大友克洋さん

異種の漫画作品を 生み出し続ける 浦沢直樹さん

まだまだ いらっしゃいますが 全てが私の師匠です。

この先も 絵を描いていくと思います

楽しく 楽しく 描き続けられたら いい人生だと思います。

投稿者: nukotako

群馬在住。お絵描きと刀ミュ好き。猫1匹同居。孫二人。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。