コロナって 何だろう?

最初に言っておきますが、私の意見ではありません。

神向(しんこう)している宗教のトップの方のお話です。

ただし、霊感や神からのお伝えとかそう言った類の物ではなく、歴史的事実を踏まえての解釈といった観点の物です。

信じるかどうかは自由ですが・・・

歴史的事実を踏まえてみても、こういった世界的レベルの伝染病が流行し、たくさんの人々の命が失われるという事態は、何回もありました。

ペスト、コレラ、結核・・・まだあるかもしれません。

そう言った伝染病がはやった後には、必ず文化の改革が起きているという事です。

産業革命や戦争や宗教革命などです。

ですから、このコロナの後には、きっと今までの常識では通じない事が起きてくると思います。

これは 神向(しんこう)上の教えの話が入ってきますが、今までの社会は、自分に取って何が有益かって事で成り立っていました。

学歴で将来が決まるような時代でした。しかし、最近は永久就職や大手に入社できれば生涯安定などという事は、仮想現実となりました。

また、勝つ勝つ取る取るという観念から変わって、東日本震災の後は、みんなで助け合おう、自分にできる事はなんだろうというボランティアが増えたように思います。

つまり、利己主義時代から、他者への協力=利他愛時代になっていくと思います。

神様の時間は、人間よりずっとゆっくり流れます。寿命と言う観念がない世界だと考えています。

だから、神様の考えている状況に達しなければ、このコロナの自粛環境が終わって、前のように自由に動き回れる時代は、やってこないように思います。

しかし、それは不便なつまらない時代ではなく、物欲や自分だけの快楽に生きる時代の終わりを示していると思っています。

みんなで助け合って生きる。できない事があるから、何ができるのか考える。困っているのはお互い様だから、相手の気持ちも身を持って共感できる。そして、より大変な人へ、想いが注がれる。

みんな ひとりでは生きてはいけません。食べる物、着る物、何一つとっても自給自足ですべて作れるものではありません。

だから、今自分がするべき使命を感じ、して下さる方への感謝を思い、円滑に回転する社会を持続させていくことの大切さや、幼い命への輝かしい未来を形成していくことの重大さを、改めて自分の生き方や働き方で、繋いでいくしかないと思います。

新しい時代が来ます。令和は、見えないつながりを感じる時代かなと思っています。

今自分ができる事はなんだろう。人のためにがんばっていると、自分がつぶれてしまうではなく、必ず私も助けようとしてくれる人がいるという、予期しない嬉しい事実に助けられます。

それは 幸福なことです。自分がこの世に生きていいという許可を、太鼓判をもらったように思います。

それは「ありがとう」という感謝の言葉です。

この言葉、最強です。何にでも使うと、必ず幸せになれます。

愚痴を言っている暇があれば、ありがとうって感謝した方が、いいですし、「面倒臭い」「うざい」「だるい」などのネガティブ用語を使っているなら、ありがとうと言った方が断然有効です。

そう思っていながら、中々実行できないのが、「人」ですので、今日も努力精進です。

まだ のびしろがあるって思って、がんばります。

投稿者: nukotako

群馬在住。お絵描きと刀ミュ好き。猫1匹同居。孫二人。

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