ひとりはみんなのために みんなはひとりのために

これは 劇団四季の「ユタと不思議な仲間たち」の劇中歌の歌詞の サビのところです

今 コロナの影響で 外出自粛をしていますが

まさに こう言った 自分のことだけ考えてないでという ことですよね

チームワークって言えば そうなのかもしれませんが

自分のことは 後で考えて まず みんなのことを 先に考えるってことだと思います

社会性っていうのでしょうか

自己犠牲と 感じる人いるかもしれません

神向(しんこう)の教えの中にも もちろんあります

利他愛実践と 言われます

人のためにと させて頂くことが 幸福への最短距離とも言われます

自分は何も食べてなくても 人に与えるのかって そう 思うかもしれませんが 

腹ペコで 3日も何も食べてなかったら

人に 分ける余裕なんて ありません

それでも まず 人に 分けてあげて欲しいという事です

もっと 神向(しんこう)心がある方は

何も食べてなくても 全部 あげます

えーーーーっ 飢え死にしてしまうじゃあ ないですか?

いえいえ 神さまは 犠牲を好みませんから

パンを貰った方が 「半分どうぞ」って

渡したパンを 分けて下さるという事が 起きてくると言います

じゃあ 身を犠牲にして 人のために尽くせば

きっと 私に見返りがあると思って 同じ行為をしたとします

「ありがとう」って言われて パンを貰えないことがあります

半分もらえるっていう 欲心を 神さまは 好まれないのです

無我 です

自己犠牲ではなく 無我 自分がそこには いないのです

ただ お腹を空かせた人がいる 自分は パンを一つ持っている

じゃあ どうするのかって 神から問われたわけです

その時 私のパンをあげれば この人が助かる だから あげよう

そう言う 素直な思いが まっすぐ 神様に届くのです

このパンをあげても 神さまからまたもらえる だって 私は良い事をしたんだから

そういった考えでいると たとえ 同じことをしても

自分は何も 得られないこともあります

でも これは 罰ではないのです

神さまからの 見返りを期待しないという教えを

この人にわかってもらうことで この人が 今後 

人のためにという行動には どういう思いが必要なのかを

身を持って 体験し 間違えない様 神さまが指導しているのです

神様から 大切な人だと認められているから

あえて 勉強させられたわけです

だから 次からは 失敗しません 見返りは 期待しません

本当の利他愛の人に 変わっていくわけです

この「妙」って言われる 奥深さがわかると

神向(しんこう)のありがたさが わかってきます

私は この感覚が 楽しいから続けているし 成長できるから やめられないのです

洗脳とか マインドコントロールとか 言う人がいるかもしれませんが

その先に 幸福があるのなら これは 正解だと思います

投稿者: nukotako

群馬在住。お絵描きと刀ミュ好き。猫1匹同居。孫二人。

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